【ASPAC新潟を振り返る】港町新潟がアジア・太平洋の人的ネットワークに埋め込まれた4日間

新潟市を舞台とした国際交流の4日間は、鼓童の太鼓の響きで幕を開けた
国際青年会議所、JCIのASPACの意義は、ひと言で言えば、政府間関係が硬直しやすい時代に、地域社会・青年経済人・次世代リーダー同士の信頼を先につくる「民間外交の装置」である点にある。
この点では、開幕直前の記者発表会で日本青年会議所の加藤大将会頭が「価値観や文化の違いを超えて理解を深め、信頼を築き、新たな価値の創出することは、まさに民間外交の体現である」とも話していた。

熱狂のるつぼと化したオープニングセレモニーの会場

記念撮影をする姿が頻繁に見られた

県、市もこの国際会議を重要な転機と位置付け、準備を重ねてきた
JCIは自らを、世界100か国以上・5,000以上の地域に広がる若いリーダーのネットワークと位置づけ、「若者が前向きな変化を生むためのリーダーシップ開発機会を提供する」ことをミッションに掲げていいる。ASPACは、単なる国際交流イベントではなく、各国の20~40代の担い手が、政治的立場や歴史認識の違いをいったん脇に置き、同じ地域課題を語り合うための制度化された出会いの場なのだ。
現在のアジア・太平洋地域では、台湾海峡、朝鮮半島、南シナ海などの安全保障上の緊張に加え、内戦・民族対立・越境犯罪・災害・気候変動・サプライチェーン不安が重層化している。経済面でも世界銀行は、東アジア・太平洋地域の成長が2026年以降減速していると見ている。

ASPACは単に「友好」の場としてあるわけではない。地域課題を解く実務的な面が主体である

会期に合わせて「ASPAC新潟EXPOも開催され、新潟の文化や産業を世界に発進した
もちろんASPACに、直接的に紛争を解決する影響力はない。価値はそこではない。むしろ重要なのは、紛争が起きる前、あるいは国家間の対話が難しくなった時にも、地域社会のレベルでは関係を切らないこと。若手経営者、地域活動家、行政や企業に関わる人材が、同じ食卓を囲み、互いの地域課題を聞き、文化を体験する。これは一見すると柔らかい交流だが、長期的には「相手国を抽象的な敵としてではなく、顔の見える隣人として理解する」ための土台になり得る。

皇室から三笠宮寬仁親王妃信子殿下を招き、新潟市中央区のホテルオークラ新潟で茶話会が開催された
2026年新潟大会でも、Global Peace Summit Forum、SDG Projects、Sustainability、Women in Leadership Forum、Global Citizenship for Young Leadersなどが組み込まれた。これは、ASPACが「友好」だけでなく、地域課題を解く実務的な学びと共同作業の場でもあることを示している。
新潟大会について言えば、その大きな意味は二重にあった。第一に、新潟がアジア・太平洋に向けた日本の「地方発の外交窓口」になるというもの。
2026年JCI ASPAC新潟大会は6月11日から14日まで、朱鷺メッセを主会場に開催され、48カ国・国内外約8,000人の参加。新潟市は「本市ではかつてない規模のイベント」と位置づけ、同時開催のNiigata ULTRA SPARKを通じて、にいがた2kmエリアで文化・芸術・食を発信した。ホストである新潟青年会議所でも宇尾野信実行委員長を先頭に、「新潟のおもてなし」「食」「ホスピタリティ」に重きを置き、入念な準備をしてきた。
クロージングセレモニーにおける、宇尾野委員長の万感の思いを語る挨拶や、海外からの参加者の満面の笑みを見て、これらは成功したのだろうと確信している。

宇尾野伸大会実行委員長
第二に、新潟がかつての歴史的アイデンティティに立ち返る、その契機となる可能性である。かつて新潟港は開港五港の一つとして、もともと外に開かれた都市だった。ASPACの開催は、単に大型会議を誘致したというより、港町・新潟が持っていた国際性を、21世紀型の民間外交として再起動する出来事と捉えられる。地方都市新潟の存在感確立において、大きな意味を持つイベントだったのではないか。
ASPACは、政府間外交の代替ではない。しかし、政府間外交だけでは届かない領域、すなわち若者、地域社会、企業、市民文化の間に信頼の回路をつくる。アジア・太平洋が不安定化するほど、こうした非政府・非軍事・非公式の関係資本は重要になる。

クロージングセレモニーの様子。関係者の達成感あふれる表情が、大会の成功を物語る
新潟にとっては、ASPAC開催は「地方都市が国際会議を受け入れた」という話にとどまらない。東京や大阪を経由しなくても、地方都市がアジア・太平洋の若いリーダーを迎え、自らの文化と課題を世界に語ることができる。その事実自体が、地方創生、国際化、平和構築をつなぐ象徴的な意味を持つのではないか。
一方で、評価は大会後にこそ問われる。参加者が交流して終わるのではなく、姉妹JC・共同事業・災害支援・若者交流・ビジネスマッチング・地域課題解決プロジェクトとして継続できるか。そこまでつながった時、2026年新潟大会は「一過性の国際イベント」ではなく、新潟をアジア・太平洋の人的ネットワークに埋め込んだ転機として記録されるはずだ。

次回開催地の台湾代表に、JCIの旗が引き継がれた
(文・写真 編集部 伊藤 直樹)