【会社のハジマリ】サトウ食品のルーツ「白玉粉」終売にあたり、佐藤功会長が語った創業エピソード
サトウ食品株式会社(新潟市東区)は、創業時から販売を続けてきた「白玉粉1kg」を、近年の販売状況を考慮して2026年6月末に販売終了すると発表した。
「サトウの切り餅」や「サトウのごはん」が世に出る以前、前身となる「佐藤勘作商店」の社名で1950年に創業した同社の礎を築いたのが、この白玉粉だった。創業時を知る佐藤功現会長が、創業時のエピソードと白玉粉終売への想いを語る。

佐藤功相談役会長(前代表取締役社長)が創業時のエピソードを語る
―― 創業から続く白玉粉の販売が6月末に終了することが決定しました。改めて、創業時のエピソードをお聞かせください
佐藤会長 終戦後の1950(昭和25)年に、創業者である父(佐藤勘作氏)は「佐藤勘作商店」を立ち上げましたが、白玉粉の製造自体経験がなかったので、「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤を繰り返していました。
白玉粉を作るには石臼が必要で、当時中学1年生だった私は石臼を譲ってくれるという人のところまでリヤカーを引いて取りに行きました(距離にして片道約8キロ)。リヤカーがあるとはいえ、とても重かったのを今でも覚えています。
当時は、私の両親が朝から晩まで時間を惜しんで白玉粉を作っていました。戦後だったので、原料となるもち米の流通が少なく、とにかく大変な時代でしたね。

サトウ食品の創業者・佐藤勘作氏
―― 白玉粉に続いて、白玉粉を加工した白玉餅(即席白玉)の販売も行っていました。なぜ、白玉餅(即席白玉)を発売したのでしょうか
佐藤会長 白玉はおいしいのですが、白玉粉から白玉を作るのは意外と難しい。加える水が多いとドロドロしてしまうし、逆に少ないとボロボロになる。ちょうどよい柔らかさにこねるのに慣れていないと失敗することがよくありました。
そこで、調理時間を短縮して白玉を楽しめる「即席白玉」として、「サトウの即席白玉」を発売しました。それは棒状になっていて、切ってさっと茹でればすぐに食べられるというもの。それから、利便性を追求して一口サイズにかたちを変えた「サトウの白玉ちびまる」を発売しました。白玉餅を自分で作らなくても便利ですぐ食べられるということで、女性や子どもを中心に人気の商品でした。

佐藤勘作商店創業時の白玉粉製造風景と、当時の製品
―― 白玉餅(即席白玉)は人気商品でしたが、その後、外部の会社に製造委託したと伺いました。なぜ、製造委託したのでしょうか
佐藤会長 人気で売れていたといっても、白玉粉・白玉餅の市場規模は小さかったんです。また、その当時は「サトウの切り餅」が軌道に乗り、そこそこ売れていたので、餅製造に集中したかった。加えて、白玉粉・白玉餅を製造する場所も資金も少なかったため、当社での製造をやめてしまいました。その後は、ご縁のあった新潟県内の会社に製造をお願いして、販売のみ続けていました。

「おいしいものを多くの人に届けたい」という「サトウイズム」を語る会長
――お話をお聞かせいただき、ありがとうございました。最後に、これからのサトウ食品に期待することは何でしょうか
佐藤会長 「佐藤勘作商店」として創業し、今年4月で76周年を迎えました。これまで関わってくださった方とのご縁・ご支援のおかげで、数々の困難を乗り越えることができました。当社創業の礎である白玉粉は無くなりますが、「おいしいものを多くのお客様にお届けしたい」という想いが変わることはありませんでした。この“サトウイズム“を忘れずに、お客様が求める商品づくりにさらなる努力を重ね、進化し続けることを期待したいです。
<6月22日付 PRタイムスの記事から>